「五体満足」発言が波紋、乙武氏も疑問呈す - 政治家の言葉選びに問われる配慮

ある政治家がSNS上で「五体満足で生まれてきた大切な子どもたち」という表現を用いたことに対し、作家の乙武洋匡氏をはじめとする多くの人々から疑問と批判の声が上がっています。特に「五体満足」という言葉の必要性と、それが持つ含意について活発な議論が展開されています。

この議論の発端は、小中高生の自殺が過去最多に達した現状について言及した政治家の投稿に「五体満足で生まれてきた」という一文が含まれていたことでした。乙武氏は自身のXアカウントで「『五体満足で生まれてきた』って、わざわざ書く必要ありますか?“五体不満足”で生まれてきた子だって大切な命ですよ」と問題提起し、投稿は瞬く間に拡散され、大きな反響を呼びました。

乙武氏の指摘に対し、多くのユーザーが同調の意を示しています。「なぜわざわざ五体満足と入れるのか」「発信する時は何かしらの差別的表現が義務とされている政党なのかの様だ」といった批判や、「五体満足で産まれてきた子どもなんて正直いなくない?みんなそれぞれ体や脳に特性あるんじゃない」と、多様な個性を認めるべきだという意見も寄せられました。また、「障害を持ってる友人が言ってた。むしろ『五体満足』という言葉に拘るのが分かんない、だって不満足じゃん、事実じゃん、それでいいじゃん」という当事者の声も紹介され、表現の捉え方が多岐にわたることが示されました。

批判の背景には、「五体満足」という言葉が優生思想につながりかねないという懸念があります。過去には障害のある子どもを家の恥と見なし、隠したり、結婚式に呼ばないといった社会的な差別が存在した歴史があるため、「五体満足の子どもという言葉ではなく、子ども、という言葉だけでいい」という意見が多数を占めました。一部からは「五体満足=健康と言いたいならそう書けばいいだけ」と、より配慮のある言葉選びを求める声も上がっています。

一方で、政治家側は批判に対し「知覚過敏」や「不寛容性と攻撃性」と反論していると報じられていますが、これに対しても「当事者の声が届いている人はふつう使わない言葉」「言い訳するよりその無関心のブーメランに気づくべき」といった厳しい意見が向けられています。今回の論争は、公の場での発言における言葉の重みと、多様性を尊重する社会における表現のあり方について、改めて問いを投げかけるものとなっています。

コメント