「無言の帰宅」に「命あってよかった」? SNSで慣用表現の解釈に乖離、言葉の常識に警鐘

SNSで広がる「無言の帰宅」誤解、世代間の言葉の常識に溝

「行方不明だった夫が無言の帰宅となりました」――。SNS上に投稿されたこのフレーズが、現在、インターネット上で大きな話題を呼んでいる。しかし、その話題の中心は、表現が持つ本来の意味と、それに対する一部ユーザーの反応との間に生じた深刻な乖離だ。

この「無言の帰宅」という言葉は、一般的に「行方不明になっていた人が遺体となって自宅に戻ること」を意味する、日本の報道や日常で用いられてきた慣用表現である。しかし、ThreadsなどのSNSプラットフォームでは、この悲痛な報告に対し、「命があってよかったです!」「今は色々聞かないであげて下さい!」といった、夫が無事生きて帰ってきたと誤解したとみられるコメントが多数寄せられたことが、発端の投稿者や他のユーザーを驚かせている。

言葉の常識が通じない現実

この現象は、多くのSNSユーザーによって「言葉の常識が通じなくなっている」として問題視されている。あるユーザーは、「この手の表現覚えるのはニュースが良いかも。情報番組じゃなければ短く済むし」と、伝統的なニュースメディアとの接触機会の減少が背景にある可能性を指摘。また、「いつの間にか覚えていた語彙って結構あるんだよねえ。で、自分の知らない語彙をきいたときに調べるのか放置するのか自己解釈で反応するのかで差が出る」と、情報リテラシーの重要性を説く声も聞かれる。

過去にも「身内に不幸があって」という表現が、現代の若者には「身内が不幸な目に遭った」という意味で伝わり、結果として頓珍漢なコメントが殺到した事例が指摘されており、今回の「無言の帰宅」も同様の言語認識のギャップを示すものとみられている。

「オールドメディア離れ」が加速させる語彙力の低下

SNS上の議論では、このような誤解が生じる背景として、テレビのニュース番組や新聞といった「オールドメディア」離れが加速していることが挙げられている。報道番組などで繰り返し使われることで自然と身につくはずの語彙や慣用句が、特定の情報源に偏った情報収集の中で失われつつあるとの見方だ。「聞き触りの良い情報しか与えないYouTubeばっかり見てるとそうなるよな」といった辛辣な意見も散見される。

今回のトレンドワードは、単なる言葉の誤解に留まらず、現代社会における情報摂取の方法やコミュニケーションのあり方、そして世代間の言葉の常識の隔たりについて、改めて問い直すきっかけとなっている。

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